共鳴するケアのあり方とは?… ほそほそと土に沁みいる蟲がねは月あかき夜にたゆることなし

皆様、こんにちは。本日は10/8(水)。既に10月に入ったというのに…昼になるとまだ30℃を超える日もあります。お変わりなくお過ごしでしょうか?そんな日の中でも…朝、夕ともなると…やはり自然界の移ろいを感じる季節になって参りました。上記の表題の歌はそんな情景を詠んだ句として有名です。
即ち…細く土に染み込むような蟲の声(虫の音)が、月光が赤々と照らす夜でも絶えることなく響き渡る事を斎藤茂吉が詠んだ歌として有名です。この歌は、静かで澄んだ秋の夜に、虫の音が深く浸透する様子を表現しており、秋の深まりを感じさせる情趣豊かな作品です。何故、私がこんな話をしたかと言うと…先日ご利用者様のご家族様より、秋を代表する虫である『コオロギ』を頂きまして、家で飼っていたところ、とても心地の良い音色に耳を澄ませた事があったからであります。秋の夜、静かな風の中に聞こえてくる「リーン、リーン」というこおろぎの声。その音を耳にした瞬間、どこか心が落ち着く、懐かしい感覚に包まれる――そんな経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか?実は、このような「安心感」や「心の静けさ」には、科学的な裏づけがあると言われております。そこで、本日はこの秋を代表する『コオロギ』の鳴き声と『心の安心感』はどのように繋がりがあるのか?について考察をしてみたいと思います。と申しますのも…『コオロギ』の鳴き声は、私たちの脳波や血液の流れに優しい影響を与えると同時に、自然界の生態系の中で生きている人間にとっても、なくてはならない共鳴音とも言えるのでは?と考えられるからです。そしてこの事を突き詰めると…介護現場でのケアの質にも関係すると思ったからであります。
以下、その点を考察して参ります。
1.『コオロギ』の鳴き声と「α波」の関係
人の脳は常に電気信号を発しており、そのリズムを「脳波」と呼びます。この脳波には主に4種類あり、
•β波(ベータ波):緊張・集中・不安時に出る波
•α波(アルファ波):リラックス・安静・瞑想時に出る波
•θ波(シータ波):うとうとした時・創造的思考の時
•δ波(デルタ波):深い睡眠時
以上が知られています。
『コオロギ』の鳴き声の音域は約4~6kHz前後で、波形は「一定の周期とゆらぎ(リズム)」をもっていると言われております。この「ゆらぎ」は、自然界によく見られる1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)と呼ばれる性質です。1/fゆらぎとは、「完全に規則的でも、完全にランダムでもない」微妙な変化のリズムであり、川のせせらぎ、木の葉のそよぎ、人の心拍や呼吸などにも同様のリズムが存在します。『コオロギ』の鳴き声を聞くと、この1/fゆらぎが脳の活動リズムと共鳴し、α波の発生を促進すると言われます。α波が多く出ている状態では、副交感神経が優位になり、心拍数が安定し、呼吸がゆっくりになります。つまり、『コオロギ』の声を聞くことによって脳が「安全・安心な状態」と認識し、心身ともに落ち着くのです。
2.α波がもたらす血液の流れの変化
以上のように…脳内でα波が優位になると、自律神経のうち副交感神経が活性化します。
これにより、血管が拡張し、血流がスムーズになります。特に首から頭部にかけての血流が良くなることで、
•頭の重さや緊張感が軽くなる
•目の疲れが取れやすくなる
•睡眠の質が改善する
といった効果が見られるとされています。
副交感神経は「休息」や「回復」を司る神経で、この働きによって血管が拡張し、血液の流れが良くなります。その結果、脳や手足の末端まで酸素や栄養が行き渡り、体温も穏やかに上昇します。また、血流が良くなることで、脳にとって大切な酸素とブドウ糖の供給が安定します。これは、記憶や判断力、集中力を保つうえで欠かせないことです。
特に高齢の方や認知症を患う方では、脳の血流が低下しやすく、思考が停滞したり不安が強くなったりします。そのようなとき、自然界の音によってα波が促されると、脳内の血流が回復し、表情や会話の反応が穏やかに変わるケースもあるのです。
このように、「音を聞く」という単純な行為にも、血液と神経と心の三つが調和する力が備わっています。
また、α波が増えるとストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が減少します。コルチゾールが高い状態では血管が収縮し、脳や心臓への酸素供給が減少しますが、『コオロギ』の音によってリラックスが誘発されることで、血液中の酸素濃度が上がり、末梢まで温かくなるのです。これは、まるで温泉にゆったり浸かっている時と似たような生理反応に該当します。
さらに、リラックス状態では血液中のマグネシウムやカルシウムのバランスも安定し、筋肉の緊張が緩むと言われます。これらの作用が合わさり、脳と体の両方で「穏やかな循環」が起こるのです。
3.自然界の音と生態系のつながり
では、なぜ自然界の音、特に『コオロギ』の鳴き声がこのように人間にやさしいのでしょうか?
その理由の一つは、思うに…『コオロギ』の音が自然のリズムの一部だからではないでしょうか?その意味で…『コオロギ』の鳴き声は、単なる“秋の風物詩”ではなく、生態系の中での大切なコミュニケーション信号と考えられます。雄が鳴くのは求愛や縄張りを知らせるためであり、そのリズムや音量には遺伝的な個性が反映されています。この音が夜の湿った空気に響くと、周囲の昆虫たちはその周波数を感知し、活動の時間帯を調整します。つまり、『コオロギ』の声は夜の昆虫社会の「合図」でもあるのではないでしょうか?
更に…『コオロギ』が存在するということは、その環境に植物・土壌微生物・捕食者(カエル・鳥・小動物)が健全に存在している証拠でもあります。『コオロギ』は枯れ葉や有機物を食べて分解を助け、排泄物が再び土を肥やします。その土で植物が育ち、植物が酸素を生み出す。こうした「循環の輪」の中に『コオロギ』は確かに位置しているのです。

この「音のある生態系」は、人間にとっても重要です。なぜなら、人の心は周囲の環境のリズムに影響を受けやすく、自然界の音の減少(都市の騒音や人工音への置き換え)は、ストレスや睡眠障害の増加に関係すると報告されているからです。その意味で…『コオロギ』の声を聞くということは、単に“音を楽しむ”ことではなく、“自然の循環に心身を同調させる”ことでもあるとも言えるのではないでしょうか?
4.科学が示す「自然と人の共鳴」
最新の生理心理学の研究では、「自然界の音の聴取」は脳の扁桃体(感情中枢)や前頭前野(思考・判断の中心)の活動を調整することが分かっています。都市の人工的な雑音を聞いた場合、扁桃体は“危険”や“不快”と判断し、交感神経を活性化します。一方で、『コオロギ』や風、川のせせらぎなどの自然界の音では、扁桃体の興奮が抑えられ、脳波がα波に移行していく傾向があると言われております。
この「聴覚的リラクゼーション効果」は、音楽療法や環境音療法にも応用されています。特に高齢者施設や認知症ケアの現場で、『コオロギ』の音を流すことで夜間の不安や興奮状態が軽減するという報告もあります。これは、『コオロギ』の声が過去の秋の記憶を呼び覚まし、脳内で懐かしさや安心感を生むためと考えられています。つまり、『コオロギ』の鳴き声は、「記憶と情緒をつなぐ音」でもあるとも言えるのではないでしょうか?人の記憶には「感情記憶」と「エピソード記憶」という二つの側面があります。
『コオロギ』の声のように、幼いころや昔の季節の情景と結びついた音は、脳の海馬や扁桃体という部分を刺激し、過去の温かい体験を呼び覚まします。認知症の方が、季節の虫の声や昔聞いた唱歌を耳にして、ふと笑顔を見せる……その瞬間、脳の中では「感情と記憶」が結びつく経路が再び働き出しているのです。音は言葉よりも深い部分に届き、記憶の扉をそっと開く鍵のような存在だと言えます。それは、私たちの体内のリズムが自然のゆらぎと共鳴しているからです。脳がα波に包まれ、血流が穏やかに流れ、心拍や呼吸が整っていく。科学で説明できる部分は確かにありますが、その奥には「自然と共に生きる」という生命の原理が息づいているように思われます。
介護の現場では、「どう声をかけるか」「どのように安心感を与えるか」がとても大切です。その際に役立つのが、この“ゆらぎ”の感覚です。『コオロギ』の鳴き方には、機械的な正確さはなく、少しの間や不規則さがあります。この“間”があるからこそ、人の心は音に寄り添い、呼吸が自然に整うのです。介護者の声が、『コオロギ』のようにやわらかいリズムで語りかけられると、ご利用者様の脳も副交感神経優位となり、緊張がほぐれます。つまり、自然のリズムを意識した言葉や動作は、そのまま「ケアの質」へとつながるのです。
そのような意味で…『コオロギ』の声に耳を傾けることは、「ケアする側の心のゆとり」を取り戻すきっかけにもなります。介護者が自然と調和した穏やかな気持ちでいられると、その雰囲気は必ず利用者にも伝わります。これが、脳と血流と心が“共鳴するケア”の在り方と言えるではないでしょうか?

以上のように…『コオロギ』の声は、私たちに「自然のリズムを取り戻す」ことの大切さをそっと教えてくれているようにも思われます。忙しい現代社会の中で、少しだけ耳を澄ませてみては如何でしょうか?

『ほそほそと土に沁みいる蟲がねは月あかき夜にたゆることなし』

人の脳も、血も、そして心も、本来はこの地球のリズムと同じ拍動をしている。そのことを思い出すだけで、私たちの中にある生命の循環が、静かに息を吹き返すのではないかと思わずにはいられません。