皆様、こんにちは。本日は1/17(土)。早いモノで1月も半分をすぎてしまいました。昨年のこの時期は確定申告を早くも済ませて、新しく起業した事業の現場へ急ぐ毎日でしたが…今年はだいぶ様相が変わってきております。現場の大変さは相変わらずですが…2025年の事業の集大成を数字で振り返る大反省会である、確定申告の為の書類作成を行なっているからであります。そして、経理とか…仕分け等の知識がない自分が青色申告を申請しようとしているのです。また、昨年から青色申告会へ加盟しており、そこで推奨された『弥生会計』という会計ソフトがまた見た事もない画面で難しい。そんな毎日であり、大変ではありますが…同時に会計の難しさと奥深さ、楽しさを感じている毎日でもあります。と申しますのも、会計には勘定科目というモノがありまして、『事業主貸』『事業主借』『租税公課』『未払金』等の日常生活ではお目にかかれない言葉と格闘しているのですが、短い間に何度も顔を合わせていると、日頃の自分自身の所作を鏡で見せられている様で恥ずかしくもあり、また、日頃お目にかかれない、上記の言葉達が私の身の回りにいる個性溢れる人達を見ている様でもあり、大変な毎日ではありますが、柄にもなく楽しくなっている次第であります。
例えば…『事業主貸』という存在……。これは、事業という共同体の中で、黙って財布を開き、生活の場へと手を差し伸べてくれる人物のように思えてなりません。表舞台に立つことはありませんし、誰かに感謝されることも少ない。それでも、「今はここを支える時だ」と状況を察し、淡々と役割を果たす。家庭と仕事の境界線に立ち、どちらかに偏り過ぎないよう、静かに均衡を保とうとする姿は、まるで縁の下で家を支える柱のようでもあります。
一方で、『事業主借』は少し性格が異なります。こちらは、事業がまだ十分に力を蓄えきれていない時期に、「今は私が支えよう」と生活の側から現場へと力を注いでくれる存在です。数字の上では「借りている」形になりますが、その実態は信頼と覚悟の塊です。未来を信じて一歩踏み出す際、背中をそっと押してくれる家族や、長年連れ添った友人のようでもあります。目立たぬ場所で流れをつなぎ、事業の呼吸を止めない為の大切な存在だと、仕訳を重ねるうちに実感するようになりました。
そして、否応なく向き合わされるのが『租税公課』です。この言葉には、どこか堅苦しさや距離感を覚える方も多いかもしれません。しかし、人に例えるならば、それは社会全体の秩序を静かに守り続ける、厳格だが誠実な年長者のような存在ではないでしょうか。「自由には責任が伴う」「恩恵を受けるなら、役割も果たしなさい」と、淡々とした口調で語りかけてくる。時に煩わしく感じることがあっても、その存在があるからこそ社会という共同体は成り立ち、事業もまた守られているのだと…書類を整えながら改めて考えさせられます。
さらに、『未払金』。これは、約束を胸に留めたまま、まだ形にできていない思いのようにも見えます。支払うべきことは分かっている、責任も理解している。ただ、タイミングや段取りの問題で、今はまだその時ではない。人に例えるなら、「必ず返す」と心に誓いながら、相手を待たせている誠実な人物でしょうか。未払金が帳簿に残っている間は、どこか落ち着かず、常にその存在を意識し続けることになります。それは、人との約束を胸に抱えている時の感覚とよく似ています。
こうして勘定科目たちと日々向き合っていると、会計とは単なる数字の整理ではなく、「自分がどのように生き、どのような選択を重ねてきたか」を映し出す鏡なのだと感じるようになりました。帳簿の一行一行に、迷い、決断、覚悟、そして時に甘さまでもが、正直に刻まれているのです。
話は少し変わりますが、今のような厳しい寒さの中で、ふと目に留まる花があります。それが『蝋梅(ろうばい)』です。凍てつく空気の中、葉をすべて落とした枝先に、控えめながらも確かな存在感で咲く黄色い花。派手さはありません。しかし、内側から滲み出るような力強さと、ほのかに漂う香りには、思わず足を止めさせる何かがあります。蝋梅は、誰かに見せるために咲いているわけではありません。ただ、自分の時を知り、自分の場所で、黙々と咲く。その姿は、今の自分の心境とどこか重なるようにも感じられます。
会計の世界もまた、華やかさとは無縁です。SNSを開けば、成功事例や派手な数字、分かりやすい成果ばかりが流れてきます。しかし、帳簿と向き合う時間は、静かで、地味で、孤独です。それでも、その静けさの中でしか見えないものがあります。数字の裏にある日々の積み重ね、選ばなかった道、踏みとどまった判断、そして守り続けた小さな約束。それらは、情報過多の時代にあって、簡単に流されてしまいがちな大切な感覚を、そっと呼び戻してくれます。
ここで改めて思うのは、やはり『気付き』と『寄り添う』ことの大切さです。例えば、仕訳一つを取っても、「なぜこの支出が必要だったのか」「誰のための支払いだったのか」と立ち止まることで、事業の在り方や、自分自身の価値観に気付かされます。ただ入力作業として済ませてしまえば見えないものも、意味を考えながら向き合うことで、初めて輪郭を持ち始めるのです。これは、日常や現場でも同じではないでしょうか。相手の言葉をただ情報として受け取るのではなく、「なぜこの言葉が今出てきたのか」「その背景には何があるのか」と想像すること。寄り添うとは、答えを与えることではなく、立ち止まり、一緒に考える姿勢なのだと、帳簿と向き合う時間が教えてくれます。
確定申告という作業は、多くの方にとって「面倒」「大変」「できれば避けたい」ものかもしれません。確かに、書類の山と数字の羅列に心が折れそうになる瞬間もあります。しかし、こうして一年を振り返り、事業の足跡を数字で確認する時間は、自分自身と静かに対話する貴重な機会でもあります。
どこで踏ん張れたのか。
どこで無理をしたのか。
何を大切にし、何を後回しにしてきたのか。
それらが、嘘偽りなく帳簿に残っています。
寒空の下で咲く蝋梅のように、派手ではなくとも、内側に確かな力を蓄えながら、次の季節を待つ。そんな在り方を、会計という一見無機質な世界から学べたことは、今年の確定申告がもたらしてくれた、思いがけない収穫だったのかもしれません。
大変さの中にこそ、気付きがあり、寄り添う余白が生まれる。そう信じながら、もうしばらくは、この見慣れない画面と、個性豊かな勘定科目たちと、静かに向き合っていこうと思います。




