認知症ケアの負のスパイラルを断ち切る為には?〜最近の経済情勢と体調の変化との関連性から考える〜

皆様、こんにちは。本日は5/24(日)。今週の初めには30度前後の日々に悩まされたばかりですが、一昨日あたりから最高気温が10度以上低い日が続き、体調の変化を著しく感じます。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
そんな日々の1週間になっておりますが、ご利用者様を支えるご家族様より…逆に『今週の様な気温の激しい日が続くと…人はすぐに調子が悪くなり、病院に行く結果、最終的にはそんなに悪くならずに済む事が何故か多いような気がします』という何気ないお言葉を頂きました。一見すると…何の関係がないように思いましたが、よくよく考えてみると…そこには多くの人々にとって…逆説的な課題が孕んでいるのでは?と思い、今回は筆を取りました。
即ち…急な大雨なら傘を差します。急な発熱なら病院に行きます。急に怒鳴られれば「これは危ない」と感じます。
多くの人々は…当然ですが、急激な変動に対して…脳が本能的に『危ない』と察知して、防衛行動をとる事があります。
けれど、物価が毎月少しずつ上がる。血糖値や腎機能が少しずつ悪くなる。認知症の症状が少しずつ増える。このような変化は、まるで梅雨前の湿気のように、最初は肌にまとわりつく程度です。しかし気づかないまま放っておくと、ある日突然、「こんなに息苦しかったのか」と感じる時が来ます。
今回は私が仕事としている介護について、上記の逆説的な課題が孕んでいる状況を、『皆様方の家計を圧迫しているであろう経済状況』と『徐々に体調が悪化して行く状況』という一見、何の関係もない事例を例にとり、どれだけ日々の何気ない『気付き』が大事か?を考えてみたいと思います。

先ずは…最近の物価高について、皆様方はどのように思っておりますでしょうか?
政府はガソリン・電気・ガスなどへの支援策を行い、日銀は物価と景気を見ながら金融政策を調整しています。経済産業省は、燃料油価格支援としてガソリン・軽油への定額引下げ措置を行い、電気・都市ガス料金についても2026年1月〜3月使用分への支援内容を示しています。 一方で、日銀の2026年4月の展望レポートでは、政府の燃料油補助金はガソリン価格の上昇を抑えるものの、LNG輸入価格の上昇を受けて、2026年夏場以降の電気・ガス代上昇がエネルギー価格を押し上げる可能性が示されております。
しかし…ここに難しさがある事を理解されておりますでしょうか?
即ち…政府は、家計を守るために補助金や減税、補正予算などで支えようとします。これは生活者から見ればありがたいことです。ガソリン代、電気代、食料品価格が上がるなかで、何の支援もなければ、特に年金生活の方、ひとり暮らしの高齢者、介護費用を抱えるご家庭には重くのしかかります。しかし、その支援には財源が必要です。国債を増やせば、将来の利払いが増えます。財務省の令和8年度予算の後年度影響試算では、国債費や利払費が今後増えていく見通しが示されており、たとえば利払費は2025年度10.5兆円から、2026年度13.0兆円、2029年度には20兆円台に達する試算もあります。これは…言わば、景気刺激というアクセルを踏みながら、物価高を抑えるために金融政策ではブレーキを踏むという事を行っているに他ならないのです。体で言えば「血圧が高いので薬で下げたいが、同時に塩分の多い食事を続けている」ような状態なのです。あるいは…車で言えば「坂道を登るためにアクセルを踏みながら、スピードが出すぎるのでブレーキも踏んでいる」ような状態に他なりません。
もちろん、現実の経済政策は単純ではありません。政府には国民生活を守る責任があります。日銀には物価の安定を図る役割があります。ですから、両者の連携そのものが悪いわけではありません。日銀も、経済・物価情勢の改善に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく考え方を示しています。
問題は…(ここが1番大事なのですが)…国民の側がこの状況を「一時的な値上げ」程度に見てしまうことです。ガソリンが高い。電気代が高い。スーパーで同じ金額を払っても、買える量が少ない。介護用品、紙おむつ、洗剤、食材、送迎の燃料費、施設の光熱費も上がる。
これらは、単なる「生活の不満」ではありません。『家計の血圧』が上がっている状態です。血圧は、上がってもすぐには痛みません。だから怖いのです。

次に…体調の変化の例を見る為に…糖尿病、肝臓疾患、腎疾患などを考えてみましょう。たとえば2型糖尿病では、日本糖尿病学会が、治療の基本は食事療法と運動療法により適正に体重をコントロールし、インスリンの効きをよくすることだと説明しています。 厚生労働省の情報でも、糖尿病の治療には運動療法・食事療法・薬物療法の3本柱があり、運動は血糖コントロールやインスリン抵抗性、脂質代謝の改善に役立つとされています。 しかし、生活習慣病の怖さは、今日甘いものを食べたから明日すぐ倒れる、という形では現れにくいことです。「昨日も大丈夫だった」「今日も何ともない」「検査値は少し悪いけど、まだ生活できている」この“小さな油断”が積み重なります。
経済で言えば、国債の利払いが少しずつ増える。
家計で言えば、固定費が少しずつ重くなる。
体で言えば、血管、腎臓、肝臓、神経が少しずつ疲れていく。
いずれも、初期には大きな悲鳴を上げません。
腎臓は、黙って働く臓器です。肝臓も、「沈黙の臓器」と呼ばれるほど、かなり頑張ってしまいます。
糖尿病も、血糖値が高い状態が続いても、最初は痛みとして感じにくいことがあります。
これは、介護現場でよく見る「我慢強いご利用者様」にも似ています。本当は疲れている。本当は不安がある。本当はトイレに行きたい。本当は言葉が出なくて困っている。けれど、うまく言えない。周囲も気づかない。そして、ある日、転倒、拒否、怒り、不眠、食欲低下という形で表に出る。
体も、家計も、人の心も、限界まで黙っていることがあります。

認知症もまた、少しずつ進みます。
厚生労働省の認知症ケアに関する資料では、アルツハイマー型認知症は、記憶や判断力、感情面に障害をきたし、日常生活をうまく送れなくなる病気であり、ゆるやかに進行していく特徴があると説明されています。また、不安、疑い深さ、徘徊、怒りっぽさ、昼夜逆転などは、本人を取り巻く環境や家族のかかわり方への反応として現れることがあるとされています。 ここが非常に重要なのです。
認知症の症状は、すべてが「脳の病気そのもの」だけで決まるわけではありません。周囲の声かけ、環境、生活リズム、不安の強さ、本人の尊厳が守られているかどうかによって、表れ方が大きく変わることがあります。
たとえば、ご利用者様が同じことを何度も聞く。「今日は何曜日?」「ご飯はまだ?」「家に帰らなきゃ」
この時、ご家族様や職員が疲れていて、「さっき言ったでしょ」「何回聞くの」「もう食べたでしょ」
と言ってしまうことがあります。お気持ちはよくわかります。介護する側も人間です。睡眠不足、仕事、家計、将来不安が重なると、優しくしたくても声が硬くなることがあります。
しかし、ご利用者様の側から見ると、「答えを忘れた」のではなく、「今、不安になっている」のではないでしょうか?つまり、問いの形をしていても、本当に求めているのは情報ではなく、安心かもしれません。
「今日は何曜日?」の奥には、「私は今どこにいるの?」「私は置いていかれていない?」「この人は私を大事にしてくれる?」という不安が隠れていることがあります。ここで叱責が重なると、ご利用者様はさらに不安になります。不安になると、同じ質問が増えます。同じ質問が増えると、家族が疲れます。疲れると、声が強くなります。声が強くなると、ご利用者様はさらに混乱します。
これが、認知症ケアにおける負のスパイラルです。
経済で言えば、物価高が家計を圧迫し、それを補助金で抑え、その財源不安が金利上昇を呼び、利払いが増え、また家計や将来世代に影を落とすような構図です。
生活習慣病で言えば、食生活の乱れが体に負担をかけ、検査値が悪くなり、不安やストレスでさらに食生活が乱れるような構図です。
どれも、「悪い循環をどこかで切る」ことが大切になるのではないでしょうか?

では介護現場ではどんな事に注意をすれば良いのでしょうか?
ご家族様や介護施設の職員の方々が、ご利用者様とのコミュニケーションを維持するために大切なのは、立派な専門用語を覚えることではありません。
大切なのは…気づくこと。決めつけないこと。小さく整えること。以上であると私は感じております。
ご利用者様が怒った。拒否した。同じことを何度も聞いた。歩き回った。食事を残した。入浴を嫌がった。これらをすぐに「認知症だから」と片づけてしまうと、そこで観察が止まります。
しかし、本当は『背景』があるのではないでしょうか?暑いのかもしれません。寒いのかもしれません。便秘かもしれません。眠れていないのかもしれません。服のタグが肌に当たって不快なのかもしれません。照明がまぶしいのかもしれません。周囲の会話が速すぎて、何を言われているかわからないのかもしれません。昔の生活習慣と今の施設のリズムが合っていないのかもしれません。
たとえば6月。梅雨入り前後は、気温だけでなく湿度が上がります。体温調節が苦手なご高齢者様は、暑さを自覚しにくいことがあります。湿気で寝苦しく、夜間の眠りが浅くなる。すると日中にぼんやりする。ぼんやりしているところへ職員が急いで声をかける。すると驚く。驚いて拒否が出る。
この時、「入浴拒否が強くなった」と記録するだけでは足りません。「昨夜眠れたか」「室温と湿度はどうだったか」「声かけのタイミングはどうだったか」「その方は昔から入浴時間にこだわりがあったか」「裸になることへの恥ずかしさが強くなっていないか」
ここを見ることが大切なのではないでしょうか?
経済でいえば、物価高という数字だけでなく、燃料費、為替、賃金、金利、国債費、補助金の財源まで見ることに似ています。
体でいえば、血糖値だけでなく、食事、運動、睡眠、ストレス、腎機能、肝機能まで見ることに似ています。
介護でも同じです。表に出た行動だけではなく、その奥の「生活の流れ」を見る事が重要なのではないでしょうか?

更に、「正しい説明」より「安心の順番」を優先する事がその場の関係性を取り持つ事もあります。
即ち…認知症の方との会話では、正しい情報を伝えることより、安心していただくことが先になる場面があるのではないでしょうか?
たとえば、ご利用者様が夕方に、「家に帰らなきゃ。子どもが待っている」とおっしゃったとします。事実としては、子どもはもう成人しているかもしれません。ご本人は施設に入居していて、昔の家には戻れないかもしれません。ここで、「何言ってるの。子どもはもう大人ですよ」「ここがあなたの家です」「帰れません」等と正論で返すと、ご本人様の心は置き去りになります。なぜなら、ご本人様が仰っている「家に帰りたい」は、単なる場所の話ではないことが多いからです。それは、役割を取り戻したい気持ちかもしれません。母として、父として、妻として、夫として、誰かの役に立っていた頃の自分に戻りたい気持ちかもしれません。夕暮れの薄暗さが、昔の台所や子どもの帰宅時間を思い出させているのかもしれません。その場合は、まず、「お子さんのことが気になるんですね」「大切にされていたんですね」「夕方になると、心配になりますよね」と、気持ちを受け止める事こそ重要なのではないでしょうか?
それから、「少しお茶を飲みながら、一緒に確認しましょうか」「今日はここでゆっくりしていただいて大丈夫ですよ」「私もそばにいますね」と、安心を渡します。これは嘘をつくことではありません。相手の心の現在地に、こちらが一度しゃがんで目線を合わせる事なのではないでしょうか?
厚生労働省の認知症の意思決定支援ガイドラインでも、認知症の人の意思が適切に反映された生活が送れるよう、周囲の人が本人の意思をできるかぎり丁寧にくみ取ることの重要性が示されています。
介護現場では、「正論」は時に冷たい刃物になります。もちろん、嘘やごまかしを積み重ねることはよくありません。しかし、最初に必要なのは論破ではなく、安心です。
経済でも、生活習慣病でも、認知症ケアでも、数字や事実は大切です。けれど、人は不安が強い時ほど、正しい説明を受け取れません。まず安心。その後に説明。この順番を間違えない事が重要なのではないでしょうか?

次に…見逃しがちですが…「大きな改善」ではなく「小さな習慣」にする事こそ、重要なのではないかと私は感じております。
物価高に対して、家庭でできることは限られています。国の財政や日銀の政策を、個人が直接変えることはできません。しかし、毎月の支出を見直すことはできます。電気の使い方を確認する。移動をまとめる。食品ロスを減らす。介護用品の在庫を見える化する。必要な支援制度を調べる。
生活習慣病も同じです。いきなり完璧な食事制限や毎日1時間の運動を始めようとすると続きません。日本糖尿病学会の資料でも、食事療法は一生涯にわたり継続する必要があり、医師や管理栄養士などの支援を受けながら、生活習慣に応じた柔軟な対応が大切であることが示されています。
介護のコミュニケーションも同じです。ある日突然、「今日から完璧に寄り添おう」と思っても難しい。家族も職員も疲れます。感情も揺れます。だから、小さな習慣にします。
即ち…朝の声かけを一つ柔らかくする。食事前に一呼吸置く。否定語を一つ減らす。「違います」ではなく「そう感じたんですね」と言う。入浴前に「今からお風呂です」ではなく、「少し温まりませんか」と選択肢にする。服を選ぶ時に「これを着て」ではなく、「薄い青と白、どちらが気持ちよさそうですか」と尋ねる。この小さな違いが、ご利用者様の『心の血圧』を下げるのではないでしょうか?

そして…会話の架け橋としての『季節感』を取り入れる事の重要性。介護現場での講義などでは度々論じられている事なので、今更何を言うの?と思われる方も多いかもしれません。しかし、季節は、ご利用者様の記憶や感情に触れる入口になる事まで考えながらご利用者様に接している方がどれほどおられますでしょうか?
6月なら、紫陽花。梅雨の雨音。衣替え。麦茶。青梅。雨上がりの土の匂い。軒先のツバメ。薄手の長袖。少し湿った洗濯物…などなど。
こうしたものは、説明しなくても体が覚えています。「紫陽花が咲いていましたよ」「昔、ご自宅にも咲いていましたか」「雨の日は、どんなふうに過ごされていましたか」「今日は少し蒸しますね。薄い上着にしましょうか」
このような会話は、認知症の方にとって「今」と「昔」をつなぐ架け橋になるのではないでしょうか?
認知症になると、最近のことは忘れやすくなっても、昔の記憶や感情が残っていることがあります。
だから、季節の話は、ご本人の中に残っている風景をそっと呼び起こすことがあります。
ただし、ここでも注意が必要です。「思い出してください」「覚えていますか」…等と迫ると、試験のようになります。そうではなく、「私は紫陽花を見ると、雨の日の匂いを思い出します」「田んぼのあたりは、今ごろカエルの声が聞こえそうですね」「昔は梅を漬けるご家庭も多かったですよね」…などと、こちらから小さな情景を差し出します。
思い出せなくてもよい。話せなくてもよい。ただ、季節を一緒に眺める。これこそが…『寄り添い』の本質なのではないでしょうか?

皆様はどのように思われますか?
ご家族様が認知症の方と関わる時、最も大切なのは「相手を変えよう」としすぎないことです。もちろん、安全確保は必要です。服薬、食事、水分、転倒予防、金銭管理、火の元など、放っておけないことはあります。しかし、会話の場面では、毎回正すよりも、まず受け止めるほうが結果的に落ち着くことがあります。
たとえば、同じ質問を繰り返す時。悪い例は、「だから、さっき言ったでしょ」等です。よい例は、「気になりますよね。今日は火曜日です。紙にも書いておきますね」等です。
ポイントは、責めない事なのではないでしょうか?
そして、言葉だけでなく、目に見える形にすることです。カレンダー、メモ、時計、写真、予定表などを使うと、ご本人の不安が少し和らぐことがあります。
食事を拒む時。悪い例は、「食べないとだめでしょ」等です。よい例は、「今日は少し食欲が出にくいですか。お味噌汁だけ先に飲んでみますか」等です。
全部食べるかゼロかではなく、一口、汁物、果物、水分など、入口を小さくする事なのではないでしょうか?
入浴を嫌がる時。悪い例は、「お風呂の日だから入ってください」等です。よい例は、「今日は蒸し暑かったですね。足だけ温めて、さっぱりしませんか」等です。「入浴」という大きな行為を、「足を温める」「汗を流す」「着替える」という小さな行為に分ける事こそ重要なのではないでしょうか?
夕方に不安が強くなる時。悪い例は、「帰れません」等です。よい例は、「夕方になると心細くなりますよね。少し明るいところでお茶にしましょうか」等です。夕暮れは、認知症の方にとって不安が強くなりやすい時間帯です。照明、音、空腹、疲労、周囲の慌ただしさが重なるからです。この時間帯にこそ、声のトーンを下げ、急がせず、予定を詰め込みすぎないことが大切なのではないでしょうか?

この点、施設職員の場合、ご家族様以上に「業務の流れ」に追われます。起床介助。排泄介助。食事介助。服薬確認。入浴介助。記録。申し送り。ナースコール対応。転倒リスク。感染対策。
一人ひとりに丁寧に寄り添いたくても、時間が足りない。その現実があります。
だからこそ、職員に必要なのは「長時間の傾聴」だけではありません。短い関わりの質を上げる事なのではないでしょうか?
たとえば、居室に入る時。「失礼します。◯◯さん、朝ですよ」だけでなく、「失礼します。◯◯さん、おはようございます。今日は雨が上がって、少し明るくなりましたよ」と一言、季節や外の様子を添えます。
排泄介助の時。「トイレ行きますよ」ではなく、「そろそろお手洗いを済ませておくと、朝ごはんをゆっくり召し上がれますね」と、本人にとっての意味を添える事こそ重要なのではないでしょうか?
入浴介助の時。「脱いでください」ではなく、「寒くないように、こちらのタオルをかけながらお手伝いしますね」と、恥ずかしさと不安に配慮する事が重要なのではないでしょうか?
認知症の方は、言葉の意味が十分に理解できなくても、声の調子、表情、動作の速さ、手の触れ方には敏感です。職員側が急ぐと、ご利用者様の体は固くなります。体が固くなると、介助が難しくなります。介助が難しくなると、職員がさらに急ぎます。これも負のスパイラルです。
逆に、最初の3秒だけゆっくり入る。目線を合わせる。名前を呼ぶ。今から何をするか一つだけ伝える。これだけで、その後の介助が滑らかになることがあります。

国債も、生活習慣病も、認知症ケアも、今の対応が未来に影響します。所謂、『未来への請求書』を発行する…とも言い換えられます。
介護現場の記録も同じです。ただし、介護記録は『未来への請求書』ではなく、『未来への安心』に変えることができるのではないかと…私は感じております。
たとえば、「入浴拒否あり」と記録するだけでは、次の職員は困ります。しかし、「14時入浴声かけ時、『寒いから嫌』との発言あり。脱衣所を暖め、足浴から提案すると受け入れあり。紫陽花の話題で表情和らぐ」と書けば、次の支援につながります。
「食事摂取3割」と記録するだけでは、原因が見えません。しかし、「主食進まず。味噌汁と果物は摂取。義歯の違和感を訴える。右側で噛みにくい様子あり」と書けば、歯科、看護、栄養、介護の連携につながります。
「不穏」と記録するだけでは、ご本人の人格まで乱暴にまとめてしまいます。しかし、「夕方17時頃より『家に帰る』との発言あり。窓の外が暗くなり始めた時間帯。職員が隣に座り、お茶を提供すると10分ほどで落ち着く」と書けば、環境調整のヒントになり得るのではないでしょうか?
記録とは、過去を責めるためのものではありません。『未来との関わり』を優しくするためのものではないでしょうか?

ここで、最初の三つの話を並べ直してみます。
物価高と財政・金融政策。
生活習慣病。
認知症ケア。
この三つに共通するのは、「悪くなってから一気に戻すのは難しい」ということです。
物価高が進み、金利が上がり、国債利払いが膨らんでから、慌てて財政を締めるのは痛みを伴います。
糖尿病や腎疾患が進んでから、生活習慣を大きく変えるのも大変です。
認知症の方との関係がこじれてから、信頼を取り戻すのも時間がかかります。
だから、早めに小さく修正します。
家計なら、毎月の支出を見える化する。
体なら、体重、血圧、血糖、食事、歩数を見える化する。
介護なら、表情、睡眠、排泄、食事、声かけの反応を見える化する。
見える化とは、相手を管理することではありません。変化に気づくための灯りとも言い換える事ができるのではないでしょうか?
梅雨の空も、朝から土砂降りになるとは限りません。最初は、雲が厚くなる。風が湿る。鳥の声が変わる。遠くで雷が鳴る。
気づける人は、早めに洗濯物を取り込みます。気づけない人は、濡れてから慌てます。
介護も同じではないでしょうか?ご利用者様の表情が少し曇る。食事の箸が少し止まる。歩幅が少し狭くなる。夜間のナースコールが少し増える。同じ質問が少し増える。家族の声が少し強くなる。
この「少し」に気づけるかどうかが、寄り添いの始まりなのではないでしょうか?

最後に、ご家族様や介護施設職員の方々が共有できる合言葉として、次のように整理できるのではないかと私は感じております。
1つ目。行動の前に、不安を見る。怒り、拒否、徘徊、同じ質問の奥には、不安、痛み、疲れ、寂しさ、環境の不快さがあるかもしれません。
2つ目。正す前に、受け止める。「違います」より先に、「そう感じたんですね」。「さっき言いました」より先に、「気になりますよね」。
3つ目。大きく変えず、小さく整える。
照明、室温、湿度、声の大きさ、話す速さ、座る位置、選択肢の出し方。小さな調整が大きな安心につながります。
4つ目。季節を会話の入口にする。紫陽花、雨音、麦茶、衣替え、七夕、蝉の声、秋の風。季節は、ご利用者様の記憶と今をつなぐやわらかな架け橋になります。
5つ目。記録を責める道具にしない。「困った行動」を書くのではなく、「何がきっかけで、何をしたら落ち着いたか」を残します。

紫陽花は、土の性質によって色合いが変わる花です。青にもなり、紫にもなり、淡い桃色にもなります。
人も同じではないでしょうか?認知症の方が怒る時、その人が「怒りっぽい人」になったのではないかもしれません。不安という土、疲労という湿気、孤独という曇り空の中で、たまたま怒りという色が出ているのかもしれません。
生活習慣病も、本人の意思が弱いだけではありません。仕事、家計、家族関係、孤独、ストレス、食文化、睡眠不足が絡みます。
経済も、単に政府が悪い、日銀が悪い、国民が無関心だ、という一言では片づきません。
しかし、だからこそ、何も見ないままでよいわけではありません。大切なのは、『気づく』ことです。
物価の上昇に気づく。体の変化に気づく。ご利用者様の不安に気づく。家族の疲れに気づく。職員の余裕のなさに気づく。そして、自分の声が少し硬くなっていることにも気づく。
『気づき』は、責めるためではありません。次の一歩をやさしくするためにあるのではないでしょうか?
政府と日銀の関係が、アクセルとブレーキの難しい調整であるように、介護もまた、進める力と止まる力の調整とも言い換える事ができるのではないでしょうか?
急がなければならない時もある。けれど、立ち止まらなければ見えない表情もある。説明しなければならない時もある。けれど、説明より先に安心が必要な時もある。
梅雨の晴れ間に、紫陽花の色を眺めるように。夏の夕暮れに、少しぬるくなった麦茶を一緒に飲むように。ご利用者様の言葉にならない不安のそばに、そっと腰を下ろす。その小さな姿勢が、認知症ケアの負のスパイラルを断ち切る最初の一歩になるのではないでしょうか?
そしてそれは、物価高の時代、生活習慣病の時代、介護不安の時代を生きる私たちにとって、最も現実的で、最も人間らしい「寄り添い」なのだと感じております。

皆様はどのように思われましたでしょうか?
多くの『気付き』と…より優しい『寄り添い』の先に…多くの皆様の『未来の安心』が生まれる世界が拡がっておりますように…。